役職定年・再雇用になった元上司や先輩たち

FIRE

会社員として働いていると、いつかは訪れる「役職定年」や「再雇用」ですが、元上司や先輩たちを見て、色々と思うところがあります。

皆、会社の中核として各役職でバリバリ働いていた人たちで、当時は「怒ると怖い」「何かと面倒」などあまり良い思い出がない人たちが多いですが、彼らは今は嘆き、不満ばかりを口にしています。

そんな姿を見て「自分はああなりたくない」と強く思っていて、自分がどうすればそうならずに済むのかを考えてみたい。

役職定年・再雇用とは何か

まず、役職定年とは、一定の年齢(多くの場合55歳)に達すると管理職を退き、一般職や契約社員として勤務を続ける制度のことだ。

再雇用は、定年(通常60歳)を迎えた後も、契約社員や嘱託として働く形態を指す。

いずれも給与は大幅に減り、これまでの権限や責任は縮小される。

企業にとっては、人件費の削減や若手の登用といったメリットがある。

ただ当事者にとっては、突然「一般社員」や名ばかりの役職者になるショックは大きい。

プライドを保てず、モチベーションを失ってしまう人も多いのが現実です。

役職定年後の先輩たちの現状

実際に役職定年や再雇用となった先輩たちを見ていると、いくつかのタイプに分かれます。

① 文句ばかり言うタイプ

「こんな雑務をやるために働いているんじゃない」

「誰も俺に意見を求めてこない」

「給料は半減、仕事のやりがいもゼロ」

「昔は俺の部下だったのに偉そうにしやがって」

「誰も俺を飲みに誘ってこない」

こうした愚痴を毎日のようにこぼす人たちがいる。

② 仕事を適当にこなすタイプ

「どうせ給料は安いし、適当にやっておけばいい」

「責任がないんだから、そこまで頑張る必要もない」

こうした考えで、仕事に対して熱意を失っている人もいる。

特に、給与が大幅に減ったことで「やる気を出しても評価されない」と感じているのだろう。

昔は誰よりも働いていた人が、今では定時を待つだけの存在になってしまっている。

③ 前向きに働くタイプ(少数派)

「仕事のやり方を変えれば、まだまだ楽しい」

「若手の育成にやりがいを感じる」

と前向きに働く人は正直みたことがありません。

彼らはなぜ「文句ばかり言う人」になってしまうのか

役職定年や再雇用になった人たちは、決して最初から不満ばかりの人だったわけではない。

では、なぜ文句ばかり言うようになってしまうのか?

不満だらけの人生になってしまった原因

① 会社に依存しすぎていた

長年会社に身を捧げ、「会社=自分の存在価値」だったため、仕事が人生の中心だった人ほど、役喪失感が大きく、特にそれなりのポジションにいた人ほどギャップに苦しみ、受け入れられないように思います。

ある大先輩に「週末に学生時代の友人と会ったりします?」と聞いてみたところ「昨年20年ぶりに同窓会行ってきたけど面白くなかった」と会社以外での人付き合いがうまく行っていないことがわかりました。

② 収入の激減

役職定年後、給与が減ることで、これまでの生活水準を下げざるを得ないことへの不安や、ローンや子供の学費が残っている場合、不満やストレスが常に付き纏うことになります。

私の聞く限りですが、資産形成や資産運用をしている人はほぼいないのでは?と感じます。

というのもお金の話になる時に「貯金」という言葉は頻繁に出てきますが、資産や投資という言葉が全く出てこないので、おそらく特にやっておらず金銭的な不安を抱えているものと思われます。

③ 新しい目標を持てない

役職定年後は、裁量がなく業務支援的な仕事にアサインされることが多く「目標を失う」人が多いと思います。

あらゆる決定事項がかつての部下や後輩がするもので、その過程で助言を求められるわけでもないので、やる気の源がなくなり、結果としてモチベーションも下がっていくのだと思います。

こうならないために今からできることを考えてみる。

哀しいおじさんにならないためには

① 会社以外の「軸」を持つ

役職定年でブツブツと文句を言えるうちはまだマシですが、本当の定年後になったらそれすらも出来なくなります。

趣味、社外の友人、習い事など、会社以外にも「自分の居場所」をあらかじめ作っておくことが大切だと思います。

特に仕事ばかりしてきた人が歳を取ってから友人を見つけるのは本当に難しいです。

私も知らないオジサンとすごく仲良くなりたいとは全く思いません。

よほど話が合うとか共通の趣味・目標などがない限りはあまり話したいとも思いません。

なので少しでも早く若いうちに自分のコミュニティを広げる努力をすべきだと思います。

② 経済的な準備をする

収入が激減しても困らないように、資産形成を進める。

特にFIRE(経済的自立・早期リタイア)を視野に入れていたら、会社に縛られずに済む。

「いつでも辞めれる」という選択肢を持つことは自分の身を守ってくれます。

個人的には若いうちから積立NISAやイデコなどをやるだけで十分だと思います。

③ 心の持ちようを変える

役職を失ったとしても、それまでの経験や知識が消えるわけではない。

それを活かし「自分にできることは何か?」と前向きに考えることが大事ですが、私からみても会社側も本音ではこれらのオジサンたちのスキルはあまり求めていないような気がします。

よく「経験を若手に伝えてほしい」的な話がありますがただの建前です。

そんなことより若手の邪魔をせず、黙って資料をまとめるとか数字を整理するなど皆が助かるスキルを発揮してくれる方が遥かにありがたいのです。

ただ多くのオジサンたちはなぜか、頼んでもいない(ただ迷惑な)改善提案書などを作ってウザがられています。

役職定年後も会社で生きていくなら、50歳あたりから徐々に現役のメンバーが助かるような地味な資料作成やデータ抽出など普段若手がやっているようなスキルを身につけておくと、重宝されると思います。

ただ私はそういう先輩方を見ていて幸せそうな人はほぼいないし、こうなりたいと思える人もいない。

会社に入ればそれまでの人間関係もあって急に邪険にはされないので本人たちは気づいてないのでしょうが、他の社員が内心ウザがっているのをリアルに知っているので、「こんなふうに思われてまで残りたくない」と思っています。

私は、会社への依存度が高いとこうなるという先輩たちの姿を反面教師にしながら、早めにサイドFIREして個人事業主となることで、65歳の定年後も継続可能な仕事を構築して、自分なりの未来を築いていきたいと思います。

(おまけ)父の思い出

父が会社員だった頃、家でも「俺は◯◯のプロジェクト動かしている」と自慢しているような人で、平日は家で食事はせず毎日接待を受け、土日はゴルフという日々を送っていました。

そんな父が50代の頃、子会社への片道出向の命令を受けたことで珍しく家に早く帰ってきて、「社長もあんな奴の言うことを信じやがって」などと不満を言っていました。

黙って聞いていた母が「仕事楽になるだろうからちょうどいいんじゃない?今まで働き過ぎだったから」的なことを言ったら、父は「そうだな」と納得しそれから雰囲気がだいぶ柔らかくなりました。

父は62歳まで働いて退職し、その後はパートをずっと続けてますが、社員さんとも良い関係を築けているのですが、それは出向してから退職するまでの間に子会社で「他者との接し方」を学んだ影響が大きいと言っています。

子会社に行ってみたら、システム化が進んでおらず当時はまだPCを使える人も少なかったようで、資料作りを代わりに手伝ってあげたらめちゃくちゃ喜んでもらえて仲良くなれたとのこと。

中には偉そうに振る舞って嫌われている別の出向者もいたので「何が好まれ何が嫌われるのか?」を客観的に見るスキルが上がったと言っています。

そのおかげで今でもパート先で若い社員さんや他のパートのおばちゃんともうまくやることができているし、中途で入ってくる別のオジサンが馴染めるかどうかも見てすぐわかるようになったそうです。

ちなみに本当に改善提案書を出してくる人もいるようで、社員やおばちゃんからは「面倒臭い人」と疎まれその空気を察して短期で辞めていくそうです。

人間万事塞翁が馬、あの時代に頭の切り替えができた父は本当にすごいと思うし、自分も残る・残らない両方のケースを想定しつつ、会社にいるうちにやっておくべきことをきっちりやり切りたいと思う。

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